一級河川である法勝寺川をはさんで、川上に向って右手の小高い山は法勝寺城址、左手には法勝寺の街並みが続いています。


法勝寺の荘園だったことが地名の由来------
法勝寺は、地名大辞典によれば、平安時代の末頃、伯耆国会見郡に長田庄(旧上長田村・東長田村・法勝寺村と大国村の一部)と呼ばれた地域があり、京都六勝寺の最初に創建された法勝寺(1077年落慶)の荘園とされていたようです。その後藤原北家から九条家に譲られていますが、法勝寺の地名は、長田庄一帯が、法勝寺の荘園であったことからきているようです。
絶好の眺望スポットは戦国時代の戦場跡------
右手の法勝寺城址は、戦国時代の山名・尼子・毛利の戦場となったところであり、江戸時代に廃城となっていますが、当時の面影が偲ばれ、頂上からは、法勝寺周辺が望まれる眺望のすばらしい場所といえます。
700本を超える桜の競演------
法勝寺川周辺には、法勝寺城址周辺233本、法勝寺川土手430本、妙見山65本の合計728本の桜の木があり、 樹齢は40から55年程度とちょうど頃よい桜となっています。
“さくらまつり”で春の慶びを------
毎年3月末から4月15日頃までの3週間程度が桜の見ごろで、4月の第2土曜・日曜日に法勝寺宿で開催される一式飾りと併せて、多くの人出でにぎわいます。