古事記編纂1300年 大国主(オオクニヌシ)死と再生の地 鳥取県南部町【赤猪岩神社・清水井】

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再生神話って?

 

1.遠い昔、出雲の国に大国主(オオクニヌシ)という神様がいました

遠い昔、出雲の国に大国主(オオクニヌシ)という神様がいました。
大国主にはたくさんの兄神がいましたが、彼らはとても乱暴者で意地が悪く、優しい大国主はいつもひどい目に合わされていました。
ある日、「因幡(いなば)にヤガミヒメという、美しい姫がいる」という噂を聞きつけた兄神たちは、結婚を申し込むために因幡へ旅立つことにしました。遠い道のりを旅するための重い荷物を大国主に押し付けると、兄神たちは意気揚々と旅立っていきました。

2.因幡の白兎伝説

重い荷物を背に、兄神たちの後を追っていた大国主(オオクニヌシ)は、海岸でサメに皮をはがされ泣いている兎を見つけました。兎は、先に通った兄神たちに教えられた嘘の治し方で、傷がひどくなったことを泣きながら訴えました。気の毒に思った大国主が傷の治し方を教えると、兎の傷はみるみるうちに治っていきました。
喜んだ兎は「ヤガミヒメは、あなたを結婚相手に選ぶでしょう」と予言をしました。すると兎の言うとおり、ヤガミヒメは兄神たちではなく、優しい大国主を夫に選びました。

3.大国主(オオクニヌシ)の死

これにひどく腹を立てた嫉妬深い兄神たちは、憎い大国主(オオクニヌシ)を殺してしまうことにしました。兄神たちは、大国主を伯耆の国にある手間の山のふもとへ連れて行きました。そして、珍しい赤い猪を山の上から追い立てるので下で捕まえろと言いつけました。もちろん、赤い猪などいるはずがありません。兄神たちは、大国主を殺すために、火で真っ赤に焼いた大岩を上から落としました。転がり落ちてくる真っ赤な大岩を猪だと信じて疑わない大国主は、大岩を正面から受け止めようとしましたが、無残にも焼き潰され、絶命してしまいました。

4.母の深い愛により甦った大国主(オオクニヌシ)

これを知った大国主(オオクニヌシ)の母サシクニワカヒメは嘆き悲しみ、天の神に助けを求めました。母の願いを聞いた天の神は、赤貝の神・キサガヒヒメと、ハマグリの神・ウムギヒメを地上に遣わしました。キサガヒヒメが貝殻で大国主の体を岩からはがし、ウムギヒメが母乳と清水井の水で練った薬を大国主の体に塗りつけました。すると、なんと大国主は息を吹き返しました。生き返った大国主の姿は、元のままの麗しい姿であったといいます。


(注記)※このときまだ大主はオオナムヂ(大穴牟遅神)と名乗っていましたが、混乱を防ぐためこのサイトではオオクニヌシ(大国主)で統一しています。


再生神話の舞台 赤井岩神社と清水井

大国主(オオクニヌシ)再生神話の舞台とされるのが、鳥取県南部町にある赤猪岩神社です。ここには赤い猪として落とされた岩が今でも残されており、丁寧に奉られています。
また、この赤猪岩神社の近くに、ウムギヒメがオオクニヌシを甦らせるために使った水を汲んだ地が清水井として今も残っています。
赤猪岩神社
大国主(オオクニヌシ)が命を落とし、母の愛と二人の女神の力で生き返ったとされる「再生」の神社
清水井
大国主(オオクニヌシ)蘇生のために使われた水が湧く

山陰には大国主(オオクニヌシ)ゆかりの神話がたくさん残っています

死から蘇った大国主(オオクニヌシ)は、その後の数々の試練にも負けず、小人の神さまスクナヒコナとともに薬や農耕などを人々にもたらして立派な国を作り、国造りの神として人々に崇め、敬われました。

大国主の国造りにまつわる数々の神話は、南部町をはじめ山陰地方に多く残されています。
南部町観光マップ
赤猪岩神社~清水井~母塚山~緑水園~祐生出会いの館
山陰・大国主(オオクニヌシ)ゆかりの地

大国主にゆかりのある地を訪ねてみよう!

 
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